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東海愛知新聞

諦めない姿見せたい

岡崎の水越大暉さん 身体障害者野球の日本代表に選出

身体障害者野球の投手で、岡崎市教育委員会事務局総務課に勤務する水越大暉さん(19)が、日本代表の一員として、5カ国・地域(日本、米国、韓国、台湾、プエルトリコ)による「第4回世界身体障害者野球大会」(9月1、2日、G7スタジアム神戸)に出場する。「先発出場し、勝ち星を挙げて日本に貢献したい」と意気込む。()

水越さんが野球を始めたきっかけは小学1年の時、父親に連れられて観戦したナゴヤドームでのプロ野球の試合だった。

「自分も選手になりたい」。地元の少年野球チームに入った矢先、足が動かしにくくなる原因不明の下肢障害が表れた。「『好きな野球をやめよう』とは、みじんも思わなかった」。3年からは部活動でソフトボール部にも所属。しかし「チームメートと同じように試合に出場できなかったのがつらかった」と、少年野球チームは5年でやめた。

「このまま野球をやめるのが悔しかった。下半身が使えないのなら、上半身を徹底的に鍛える」。中学の部活動で野球に再挑戦。腕立て伏せや風呂で手首の返しを鍛え、素振りに明け暮れた。

高校では「高校野球」に抱く厳しいイメージにプレーすることへのためらいを隠せなかった。校舎から眺める硬式野球部の練習に「やっぱり野球選手はかっこいいな」。マネジャーとして入部を決めたが、コーチで担任だった男性教諭は「プレーヤーとして入部しろ」と背中を押してくれた。しかし、監督が交代した2年の時。突然、マネジャーへの転向を告げられた。悔しさの余り、自宅で3日間泣き明かした。「気持ちの切り替えが難しかった。高校野球の厳しい現実を知った」。

その時、中学での練習試合で相手チームの監督に紹介された「身体障害者野球」を思い出した。兵庫県で行われた試合を見学し、「名古屋ビクトリー」に選手登録。中学、高校と一塁手だったが、積み重ねてきた基礎練習と持ち前の強肩を見いだされ、投手に起用された。左腕から繰り出す球速は時速120キロを誇る。

今年5月13日にG7スタジアムで開かれた身体障害者野球の全国大会で、日本身体障害者野球連盟の目に留まり、日本代表に選出された。水越さんを含め、全国各地から日本代表に選ばれた18人(10〜40代)は、強敵としてこれまでの試合で対戦してきた選手も多い。「そんな選手がチームメートになることほど心強いことはない」。世界大会は4年に1度開かれ、2大会連続で優勝した日本は前大会で米国に敗北した。

背番号は憧れるロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手が日本代表時に付けた16番。「諦めなければ障害があっても野球はできるということを見てもらいたい」と話す。

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