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 6月2日【金】

歴史的風致形成建造物

岡崎 市内6件を初めて指定

岡崎市は1日付で、国の認定を受けた「岡崎市歴史的風致維持向上計画」で位置づけられた重点区域にある藤川、六供、滝、本宿町の建造物6件を、「地域の歴史的な風情や情緒、たたずまいの維持向上に不可欠な建造物」として歴史的風致形成建造物に初めて指定した。(今井亮)

指定対象は県・市指定文化財、国登録有形文化財、景観重要建造物、市条例に基づく「ふるさと景観資産(建造物)」、歴史的風致の維持・向上への寄与を市長が認めた建造物。建造物所有者の承諾を得た上で、優れた意匠・技術性、地域での固有、歴史、希少性の高さなどを基準に指定された。指定期間は同計画期間(平成37年度まで)内。

指定された6件の概要は次の通り。

【十王堂】藤川町
昭和12(1937)年以前に建築。市指定文化財。旧東海道沿いに立ち、旧宿場町「藤川宿」の西端に位置する。地元では「十王さん」と親しまれ、堂内は中央の地蔵菩薩立像の両脇に閻魔(えんま)王など10体の像が安置されている。木造平屋で屋根は切妻造の桟瓦葺(さんがわらぶき)
【旧石原家住宅(主屋・土蔵)】六供町
安政6(1859)年に建築。国登録有形文化財、景観重要建造物。旧岡崎城下の東北に位置する市街地だった師範通り沿いに立つ米穀・金融業の商家。六供杉本村の庄屋で、明治維新後は村の戸長を務めた。主屋は正面に大戸、太格子、出格子が並ぶ木造厨子(つし)2階建て。土蔵は木造2階建て。
【甲山寺(本堂)】六供町
元禄15(1702)年から翌年にかけて再建。市指定文化財。旧石原家住宅と同じく師範通り沿いに立つ寺院建築。天文13(1544)年に徳川家康の父・松平広忠が和田村法性寺(現・法性寺町)から六坊を移して護摩堂を立てたのが創建とされる。慶長8(1603)年に家康が本堂を再建。現在残る建造物は徳川五代将軍・綱吉が元禄16(1703)年に再建した。木造平屋。
【日吉山王社(本殿)】滝町
徳川家康が慶長13(1608)年に建立、正保2(1645)年に徳川三代将軍・家光の再建と推定される。木造平屋で、簡素な祭壇を付設した平面構造を持つ七間社流造となっている。
【旧本宿村役場】本宿町
本宿村役場庁舎・村議会議場として昭和3(1928)年に建築。市の下水道整備工事に伴い、平成20年に解体され、現在は部材が保管されている。木造2階建て。外壁窓周り、外周にはドイツや米国の意匠が施された洋風建築の典型で、昭和の戦前期にカウンター方式が採用された地方庁舎の先駆的存在だった。
【冨田家住宅(主屋)】本宿町
文政10(1827)年に建築。旧東海道の赤坂宿と藤川宿の中間に位置し、幕府天領だった江戸時代は旗本の陣屋が置かれた。代官となった冨田家が昭和43(1968)年まで住宅として使用。木造2階建て。近世の地方の代官屋敷の建築を知る遺構とされる。